第4章「スマイル アゲイン」

それから何時間が経っただろうか・・・。進はすっかり眠ってしまっていた。
極度の緊張と疲労のせいであろう。しかし、その時・・・

??「・・おい!進!!大丈夫かい??おいっ!」
  進が、目を擦りながら見ると、そこには神童が立っていた。
神童「進・・何だか、うなされていたりしていたけれど・・気分は・・良いかい?」
進「は・・はい・・大丈・・って、神童さんこそ大丈夫なんですか??」
  進は突然、必死になって神童に問う。
神童「ハハッ・・もうとっくに気分もよくなったよ。」
進「そう・・ですか・・・。」

  進は、”ハァ〜”と息をついた。安心したせいか、一気に気が抜けた。
  救護室の時計は<午後7時>を指していた。試合が終わって、既に何時間か
  経過していたのである。

神童「・・しかし、迂闊だったよ。まさか”倒れる事は無いだろう”と思ってはいた
   けれど・・もっと体力をつけなくちゃな!!」
進「!!・・・・・・・」

  神童は、進が眠ってしまっている間に起きた経緯を説明した。
  ”自分は登板できなかったがチームは何とか勝利した事”や”監督とコーチや
  チームメイトの皆は、先に帰った事”(どうやら、意識が回復した神童が
  監督とコーチに先に帰ってるように頼んだらしい)など話した。
  しかし、神童が説明している間、ずっと進は何も言わず、黙っていた・・・。

神童「さてと・・それじゃぁ着替えに行くとしますか!!」
  
  神童が、救護室を出ようとしたその時だった。
進「神童さんっ!!!」
神童「・・・・・・。」
進「神童さんは、何で・・何事も無かったかのように僕に、接するんですか?」
  
  神童は進に、背を向けたままで何も答えようとしなかった・・。
  それでも進は構わず喋り続ける。

進「きっと、神童さんは僕の事を恨むでしょう・・せっかくの登板試合を、
  僕のせいで潰されてしまったから・・。僕は・・僕は!!神童さんの女房役は
  失格です!」

  神童はとっさに振り向き、進をなだめようとした。

神童「な・・何を言ってるんだ・・君は最高のパートナーだよ!人は誰にでも
   失敗はあるも・・」
進「本音を聞かせてください!!神童さん!!!」

  進は自分を見失いつつあった・・。

神童「・・進・・落ち着くんだ・・冷静になるんだよ!!」

  しかし、今更になって進は落ち着ける筈も無く今だに”興奮状態”にあった・・。

進「何故です!!何故・・何故!!神童さんは、僕を恨まないんですか!?
  もう・・もう・・僕は・・・!!!」




              
                その時だった






              ”ドガァァァァン!!!”


   




   大きな音を立てて、進の体は床に叩きつけられた。
   神童の左腕が、進の頬を思いっきり殴ったのだ!!!!




進「し・・神童・・さん・・・」

  進は、赤く腫れた頬を手で押さえながら・・神童を見上げた。
  その表情は”今、何が起きたか分からない”そんな顔だった・・。

神童「・・・・・・・!!!!」

  神童は我に返った・・。自分が何をしたのか一瞬分からなかったのだ。
  その表情は、”やってしまった・・”そのような顔であった・・。

神童「す・・すまない・・進・・」

  神童はそう言うと、たまらず救護室を飛び出ていった。
  救護室には進だけが取り残された・・。

進「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
  神童は一人寂しく廊下を歩いていた。すると・・
監督「ん?神童じゃないか!」
神童「監督!!どうしたんですか??帰ったはずでは・・」
監督「いや、お前らの事が心配でやっぱり戻ってきたんだが・・・・・
   <進と喧嘩でもしたのか?>」
神童「え・・いや、その・・・。」
監督「ハハッ・・あのお前が<今にも泣きそうなくらい暗い顔>をしていた
   もんだからな・・。図星かい??」

          監督は何でもお見通しである。

神童「・・・・・・・・」
監督「フフフ、まぁ、ゆっくり<3人で>話し合おうじゃあないか!!」
神童「・・・ハイ・・」

  神童は監督曰く、<今にも泣きそうなくらい暗い顔>をして、うつむき加減
  で下を向いていた・・よほど自分自身に対してショックだったのだろう。

監督「・・・・。」

            <ゴツゥ!>
  それを見た監督は、神童の頭を軽くげんこつを喰らわせた。
監督「・・ったく〜、なんて情けない顔をしてるんだ・・お前らしく無いぞ!!」
神童「すいません・・・。」
監督「よし!!じゃあ猪狩を呼んで来るわ・・。お前は・・そうだな・・
   あそこの休憩室のソファーにでも座って待ってろ・・。」
神童「・・分かりました。」

  監督は進の居る救護室へ行き、神童は仕方なく休憩室のソファーに座り
  待つ事にした。そしてソファーにもたれ、ふと天井を見上げた・・。
  ”さっき何故僕は、あのような事を・・”神童は先程の出来事を、冷静に
  落ち着いて考えていた・・。    そして数分後・・・

監督「お〜い、神童待たせたな・・。」
  監督と進が、やって来た。
監督「お前、余程強く殴ったんだな。ハハッ・・。進の手当てに時間が、かかってし
   まったぞ!」
進「・・・・・・・。」
  
  進の頬は、内出血したらしく、青紫色に変色していた。何とも痛々しい・・。
  神童は、その進の頬を見て益々、心が痛むのであった。

監督「まぁ、猪狩も座れや・・。」
  進と監督もソファーに座った。
神童「・・・・・・・・・・・。」
進「・・・・・・・・・。」
監督「・・・・・・・・・・。」

  三人の間を沈黙が支配した・・。いや、支配したように思えた。その沈黙はすぐに
  破られる事になるのである。

神童&進「御免なさい!!!!」

  二人は同時に声を揃えて、互いに頭を深々と下げた。

監督「ぷ・・ハハハハ!ほらな。お前らには”喧嘩”なんて到底、無理なんだよ!」

  神童と進の間に<笑顔>が戻る。
神童「進、本当〜〜〜〜〜〜〜〜にすまなかった。いや、すまなかっただけでは
   許されないだろう・・・。」
進「何言ってるんですか!神童さん・・僕が、いけないんです。あそこでヒステリーに 
  なってしまった僕が悪いんです。  あと・・・」

  進は神童の顔を見て、微笑んだ。

進「あの<一発>で目が覚めましたよ!」
監督「・・・・・」
神童「・・・進・・・・ありがとう・・」
  神童の目頭が熱くなる。
進「神童さん・・・」       と、その時であった。
神童「うぅ・・ちょっとヤバイかな・・・・うぅぷ!!・・もう
   限界!!」

  神童は、いきなり立ち上がるとトイレに向かってダッシュした。
  一瞬の事で少し戸惑う、監督と進。

進「監督!ちょ・・ちょっと僕見てきます。」
監督「お・・おぅ、ちょっくら頼むわ!」

  案の定、進が駆け込むと神童はトイレの中に篭城して”何かをしていた”。
  そして5分後・・・・。神童と進は戻ってきた。神童の顔は少し青ざめていた。

監督「おいおい・・大丈夫かよ・・。」
進「神童さん・・まだ体調が優れないんじゃ・・」
神童「・・いや違うよ。安心して気がゆるんじゃったんだよ。本当に・・本当に
このまま、進に嫌われるんじゃないかって、思って・・たから・・。」

  神童の目から涙がこぼれた・・。それは進が初めて見る神童の姿であった。

進「・・・・・神童・・さん」
監督「・・ま、お前さん達二人とも、お人好し同士・・てな訳か!」

  そう言うと、監督は目の前にある休憩室の自販機に向かった。
監督「人は<誰かと1度衝突してみると、互いに理解を深め合う事ができるんだよ>」
  監督は、自販機に120円を入れ、コーヒーのボタンを押した。
監督「ほい!!」
  
  出てきたコーヒーを進に渡す。そして続けざまに小銭を入れて、出てきたのを
  今度は神童に渡した。

進&神童「・・監督・・」
  監督は、再びソファーに腰を下ろした。
監督「いい機会だったじゃないかい?なかなかこういった事は無い!!これで
   お前ら二人は互いに<理解を深め、また絶対的な信頼>を得る事ができたのだよ!」



   神童と進は互いに顔を見合わせた。そして・・笑う。いつもの二人に戻った。
神童「進!!これからも・・宜しくね!」
進「もちろんですとも!!!宜しくお願いします!!」
  
  二人は、固い握手を交わした。そしてこれが最初で最後の彼らの喧嘩・・・

監督「ぅおっし!!それじゃ、そのコーヒー飲んだら・・飯食いにいくぞ!!飯!!
   もう今日は俺のおごりだ!!」
進「どこ行くんですか?」
監督「よし、吉牛行くぞ!!特盛つゆだく3人前だ!!」
神童「ハハハハ・・良いですね!行きましょう。」
   
   
   人というのは<不完全>だ。いくら周りから、良く見られようとも
   時には、失敗してしまう事がある。人は必ずしも<完全ではない>から・・。
   そして、その失敗を生かす事ができるのである。



   三人は外に出た。その日はとても美しい満月が顔を覗かせていた。
   そして彼らの笑い声が夜空に、実に心地良く響いている・・・・。



監督「あ、そうそう明日の先発は、もち神童な!!」
神童「えっ!!あ、分かりました。」
進「頑張りましょう!お互いに・・」
神童「あぁ!!最高の試合にしよう!!!」
監督「よっしゃ、お前ら明日は、<最高の試合>にして来い!」

   二人は、大きな声ではっきりと述べた!

神童&進「ハイ!!」

                      <続く>