第3章「39度の悲劇」
進「・・・・・。」
神童「気が付かなかったかい?試合中、僕がどのような行動をとっていたか・・
君にも分かるはずだよ。」
進「・・・・・・」
進はしばらく考え込んだ・・。神童が一体、試合中に何をしていたのかを・・
ふと、進はそのことに気が付いた!!
進「あっ!!まさか・・まさか・・自分は緊張していて気が付きませんでした・・」
進の目に、涙がジワっと滲んできた。
神童「そう、その<まさか>だよ。」
進「神童さん・・貴方は一度も<僕の出したサインに首を横に振らなかった。>
いつでもうなずき、サインを拒否しなかった・・・」
そう、進の言う通りであった。神童は1回から9回まで、全て進のサインに
<従った>のだ。一度も背くことが無かった・・・。
神童「ほらね!君のおかげで勝てたんだよ。君の名リードが無ければ、この試合は
負けていたのかもしれないんだ!!僕は君に、心から感謝したい・・。
心からね・・」
進「うぅ・・ううぅ・・」
涙が止まらなかった・・。
神童「何泣いてるんだ。ほ〜らしっかり!!さぁ、タオルで拭いて!」
神童が進に、タオルを差し出した。
進「ありがとう・・ございます・・。」
進がゴシゴシと、顔を拭く。
進「ハァ〜〜〜・・」
進の顔が、思わずほころんだ・・。その顔は充実感に満ちていた。
と、そこに監督が二人に近づいてきた。
監督「神童と猪狩・・よくやった。お前達はまさに完璧だった。進は、今後も
積極的に試合に起用していくつもりだから・・次もよろしく頼むぞ!」
進「ハイ!!こちらこそ・・」
監督「それと・・神童、これからも進の事はよく見てやってくれよ!」
神童「分かりました。任せてください!!」
そう言うと、監督は去っていった。
神童「・・・・・・さてと・・帰ろっか!」
進「ハイ!!」
進と神童は、笑顔で球場を後にした。しかし、神童という男・・人を
泣かせるのが得意である。もちろん良い意味でのこと・・。
球場を出た、進と神童の頬に気持ちの良い風が染みた。街のネオンが実に
きらびやかに感じる・・。今日の二人みたいに・・輝いていた・・。
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友沢「・・凄い・・何て人だ。神童さんは。」
守「よほど、お前の事を信頼してないとできない事だな。」
進「いやはや・・・まぁ・・良いじゃないですか!」
進は、照れ臭さを笑ってごまかした。
丁度、きりたんぽ鍋も半分くらいの量になってきた所である。
進「さてと、次は何の話をしましょうか?」
友沢「う〜〜ん・・」
守「・・・なぁ、神童投手は知ってる限りでは、人格的にも完璧・・
な人と聞いてるが、それはどうなんだ?」
友沢「何いってるんすか・・それは誰でも知っている事の筈ですよ!」
守「僕はただ、何か隠された事実があるんじゃないかと思って
聞いただけだ!」
危うい雰囲気・・・
進「まぁまぁ落ち着いてくださいよ。確かに神童さんはさっきの話からも
分かるように、<優しく、人格的にも完璧>だと思います・・。
でも、人というのは時に行き過ぎてしまう事があります。当然、神童
さんも<人>です。人格的に<完璧>といわれようと、場合によっては<義に過ぎる>
こともあるんです。」
守&友沢「・・・・・・・・・」
守と友沢は息を呑んだ。
進「次の話は、その事に関することを話しましょう・・あ、二人ともそんなに
硬くならないで・・リラックスして聞いてください。」
友沢「フ〜〜〜・・」
進が再び、語り始めた・・・。
進の部屋の窓からは、満月を迎えた月が見えている。
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〜オリックス本拠地・ロッカールーム〜
神童「進、今日も良い試合ができるといいね・・。」
進「えぇ、そうなると良いです!」
神童と進はいつものようにユニフォームに着替えていた。
この、バッテリーを組んでから4連勝・・。世間からは、早くも<最強バッテリー>
の呼び名が付けられる程になった。今日の試合は神童の15勝目が懸かった試合となる。
そうなる筈だった・・。
神童「もう、8月になるけど・・最近暑いし、体も壊しやすいからね・・まいったよ」
進「僕は<暑いのは平気>なんです・・神童さんは暑いのはダメなんですか??」
神童「あぁ、暑いのはね・・<苦手>なんだ・・・」
そうして話してるうちに、グラウンドに出た。この日の試合はデイゲーム。
今日の天候は雲ひとつ無い快晴である。むしろそれを越えているくらいであった。
現在の気温、37℃の炎天下・・。無論、オリックスの本拠地はドームではなく
野外なので、それはもう、すぐに息があがってしまう。例え、屋内にいたとしても
冷房設備が十二分に整っていなければ、汗が濁流みたく流れるのである。
監督「おい、お前ら・・今日は暑いからな。そう無理すんなよ。特に、神童!!もしお前が
倒れてしまったら、今日の登板が、おじゃんになるからな・・。」
神童「ハイ!大丈夫ですよ・・。」
神童は、相変わらず笑顔で答えた。
進「・・・・・・・」
しかし、進には何だか悪い予感がして溜まらなかった。嫌気が差すくらい悪い
予感がしたのであった。そう感じながらも、練習を始めた。
神童「・・・・・よし・・次は、肩慣らしに投球練習でもするかな・・」
進「分かりました。それじゃぁ、準備します。」
そう言うと、進はキャッチャーミットをかぶった。この時点でもう顔が暑さで
ムアッとするのであった。気温はみるみる上がっていく・・。
進「うぅ・・やっぱりちょっとフラフラするな・・。」
神童「お〜い、進!大丈夫かい?」
マウンドから神童が進に声を掛けた。
進「え・・ハイ、何とか・・」
神童「よし、それじゃ始めようか。」
そんなこんなで、投球練習が続いた。今の気温は何と39度・・・・
神童の頬が真っ赤になっていた。しかし、進は暑いのは慣れている(平気)せいか、
顔中が汗で一杯になるものの、耐えれたのである・・。
神童「はぁはぁ、ちょっと休憩できないかな??」
進「え、まだそんなに投げてないような気もするんですけど・・・・
それでは、あと5球投げたら休憩しましょう。」
神童「・・・・・・・OK!!」
もうすでに神童の目はうつろうつろになっていた。残念なことに進は神童の異変に
気づくことが出来なかった。それでも神童は踏ん張り投球を続けた。そして、あと一球
の時にそれは起こった。
進「神童さーん!あと一球ですよ!」
神童「・・・・あぁ・・」
神童が振りかぶってラストボールを放った。しかし、球はすっぽ抜け、進の頭上を
大きく越えていった。慌てて進がボールを拾いに行く。
進「??珍しいな・・。神童さんが球をすっぽかすなんて・・。」
そう思いながらも、進は球を拾い神童の方を向いた。
進「神童・・さん・・???」
神童は、バタリとマウンドの上に倒れていた・・。
進の顔から血の気が引いてしまった。ハッと思い、慌てて監督達を呼んだ。
進「監督ーーーーーー!!!監督っ!!・・神童さんが!!!」
監督「どうした!!!!!」
監督とコーチ陣、そしてチームメイト達も急いで進たちの居る場所に駆けつけた。
そして、神童の様子をうかがった。意識が無く、グッタリとしている。
監督「こりゃヤバイ!<熱射病>だ。お、おい早く誰か、涼しい場所に運んでくれぃ!!」
チームメイト「おし・・任せろ!!」
監督「あと・・あとな、とにかく体温を下げさせろ!!濡れタオルで拭くなどして
だな・・・・・」
熱射病とは、体温の上昇によって中枢機能に異常をきたした状態の事であり、
意識障害がおこる。死亡率も高く、極めて危険・・。状況は、一刻を争った!
監督「馬鹿野郎!!猪狩ーー!何ボサッとしとるんだ!!さっさとお前も手伝え!!」
進「は、は、はいぃぃ!!!!」
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それから何時間か経過した。
監督「今日は・・無理だな。神童のやつ・・」
コーチ「そのようで・・今日の登板は大事を取って休ませるとします。」
救護室の外で監督とコーチが話をしているのを進は救護室の中から
ひっそりと聞いていた。神童は、ぐっすりと眠っていた。体調もかなり
回復したようである。しかし、進の頭の中には<後悔>という二文字が
グルグルと回りつづけていた・・。
進「あの・・あの時に、<あと5球>など言わなかったら・・あの時、神童さんに
従って、すぐに休憩を取っていたなら!!倒れる事などありゃしなかったんだ・・。
僕は自分の事しか考えていなかった・・・・。」
しばらくして、進の耳に大きな歓声が聞こえてきた。どうやら試合が始まったらしい。
無論、自分はスタメンからは外されている。
進「・・・・・・・・・・・」
進は、眠っている神童を目の前に、ただ大きくうな垂れた。
「ワァァァァァァァァーーーー!!」
”この聞こえてくる大きな歓声は神童さんの為にあったかもしれないのに”・・・・
そう思いながら・・・。
<続く>